法隆寺金堂・五重塔

美術、芸術作品の価値とその専門家

 入江波光著『画論』 北大路書房、1949年


 全てのものにはラベルが付いている。見えるラベルもあれば、見えないラベルもある。ラベルは付けられた物の価値を示している。高級、上等、特選、なかでも最上級のラベルは「重要文化財」、「国宝」、「宝物」の類ではないだろうか。国宝展と名の付く展覧会や、毎年の奈良正倉院宝物展には多くの人が足を運ぶ。

 美術、芸術作品などを展示、輸送を専門に行う業者に聞いた話だが、美術、芸術作品には評価額というものが存在する。それらの物が輸送、展示作業中もしものことがあった場合に備え、作業をする場合にはあらかじめ物の評価額と作業内容にあわせて保険金をかける。しかしなかには評価額の算定ができないものもある。それらに保険を掛ける場合、評価額はゼロとして扱う場合があるそうだ。その際、作業に掛ける保険価格がどうなるかは私の与り知らぬところではあるが、ある博物館でそうした評価額がゼロの宝物を輸送する際には輸送トラックを警察車両が先導し、道中の信号毎に警察官が配備されている。タダより高いものは無いということだろうか。

 他にも別の理由で評価額がゼロになった美術、芸術作品がある。一例をあげれば、

「近年、アメリカのある大学から東洋画の大作が発見され、韓国美術の大家、金殷鎬(キム・ウンホ)の作品であることが判明した。しかし大学が作品を査定に出したところ、韓国のある専門家は、この作品の様式が日本画のものであり、金殷鎬は植民地時代に日本に協力した美術家であるという理由で評価額をゼロにしたという。」[1]北澤憲昭/古田亮編集『日本画の所在——東アジアの視点から』勉誠出版、2020年、66頁。

 この場合、「ある専門家」とは美術、芸術の専門家だろうが、作品の評価を決定する際にどこに重点が置かれているかが問題となってくる。作品のもつ芸術性だろうか、それとも歴史性だろうか。

 ついでに美術、芸術にかかわる別の専門家にもふれておこう。美術、芸術作品などの売り買いを専門にする人たちを画商という。彼らは優れた芸術をいち早く見つけ出し、それを経済に結びつけていく。セザンヌの画商として有名なアンブロワーズ・ヴォラール(1866‐1939)は評価が定まるより前に近代の多くの巨匠たちの作品を集め、後年巨万の富を手にした。なぜそのようなことが出来たかと言うと、シスレーとピサロに聞いたというのである。絵の専門家は画家であり、ヴォラールは作品の芸術的評価の査定という点で画家の審美眼を採用したということだ。

 少々もったいぶった枕になってしまったが、美術、芸術作品の価値を見極めるのに、作り手である作家、絵画の場合は画家の考えを拝聴してみては如何だろうかということで、今回は日本画家、入江波光著『画論』を取り上げてみる。

 入江波光(明治21年〈1887年〉− 昭和23年〈1948年〉)については中井宗太郎の紹介が要を得ているのでそのまま引用させていただく。

「入江波光氏はまれにみる清康な画人であった。芸術の純粋性を守るため「白足袋の雅人は社会の幇間ほうかんとして終る」と、いわゆる画壇との交渉とさけ、黙々と画道の精進にいそしんだ人である。日本画家という自覚のうえに、技法の鍛錬をまず古典にむけ、数多い模写をかさね、世界的視野にたって厳しい反省と批判とを加え、表現技法は自然のうちから滲み出るものでなければならない、一様の技法で多様の事象を描くことはできないと自覚し、古典を止揚し対象のことなるに従って縦横にこれを駆使し、自由な表現に達したことは、一作ごとに技法ことなるを見ても明らかであろう。」[2]中井宗太郎『日本絵画論』文彩社、1976年、317頁。

 著書『画論』は入江波光著と書かれてはいるが、本人の死後、1949年に刊行された。主な構成は、本人が残した手記と、講義の筆録等を編集したもので、断片的な文章もある。順序立てて構成されているわけではないので、どこから読んでも問題はない。概略としては入江波光という刊行当時、そして現代においても最高水準の絵画技法を習得した作家による美術、芸術批評や東洋美術史などである。

 具体的な作品批評はかなり専門性が高いため、内容を完全に理解するのは図版の無いこの一冊ではかなり困難ではある。しかしこの本の白眉は国宝、重要文化財をはじめ、過去の巨匠たちをA、B、B×の三段階で波光個人の趣味趣向ではなく数々の古典模写を通して得た知識と技術を元にした極めて論理的な比較検証から作品、作家の価値判断をしている点にある。読者の知っている作品、作家がどのような評価になっているかは是非本書を読んで確かめてほしい。私は決して波光の評価が絶対などとは思っていないが、知識だけで美術、芸術作品を見る専門家の危うさを指摘する波光の考えには賛同する。本書を読んで美術、芸術作品の価値判断に際して作り手である作家の有用性を感じていただけたら幸いである。

 最後に本文からの引用で締めくくりたい。

「吾々は『定評』の軌範ですべてのものを見てはいけない。現在、周圍はもとより過去のあらゆるものに向かっても、自分の曇らざる眼を以って見なければならない。『定評』なるものは決して純粹なる價値判斷より行われたるものと言うを得ない。現在の國寶こくほうに例えば歷史的意味、稀覯の意味、はなはだしきは骨董的意味を含まれる、むしろ藝術的價値の乏しきもの多きが如し。その時代、時代の社會的意味、歷史的意味が『定評』となっている場合がおおいからである。」[3]入江波光『画論』67頁。


関連書籍

1北澤憲昭/古田亮編集『日本画の所在——東アジアの視点から』勉誠出版、2020年、66頁。
2中井宗太郎『日本絵画論』文彩社、1976年、317頁。
3入江波光『画論』67頁。


執筆者:戸田淳也(日本画家)

アイキャッチ画像:法隆寺金堂・五重塔(奈良県)
画像出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Horyu-ji,_kondou_and_tou.jpg