セザンヌ《サント・ヴィクトワール山》

コンテキスト変容へのレジリエンス(後編)

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■目標の動揺そのものへの「用意」は可能か

 世界の見方が動揺すること自体は、特定の因果関係の外にあり、因果関係の中に回収できない。では、どんな「コンテキスト」においてならば、それを捉えることができるのだろうか。

 それは、「コンテキストの無」においてである。コンテキストの無は、「死へ向かうコンテキスト」として捉えることができる。なぜなら、死の実感(目標の無)の前ではあらゆる過去が等価値になり、特定のテーマに拘束されることなく人生全体の出来事を眺めることができるようになるからである。その様は、夢の中にとりとめもなく登場する過去の記憶を、ある種傍観者的に眺めている体験に似ている。このコンテキストの無(あるいはメタコンテキスト)において初めて、或るコンテキストから別のコンテキストへの変化を、「特定のコンテキストにおける変化」としてではなく、「純粋な変化そのもの」として捉えることができるようになる(その変化自体を「好ましく」感じたり、あるいは「嫌な」感じを受けることもあるかもしれないが、しかしそれが何にとって「好ましく」「嫌」なのかは曖昧である。なぜなら、目標の無(死)を前にして、どんな理由でそれが「好ましく」「嫌」なのかを説明することは難しいからである)。

 一方では、私たちは特定の目標へ向かう現行のコンテキストにおいて、世界の通常の意味付けを行っている。しかしもう一方では、目標の無へ向かう「コンテキストの無」において、つまり現行のコンテキストの変更可能性の次元を含んだ、メタ的なコンテキストにおいて、非日常的な仕方で死へ向かう全体を捉えることできる。なぜなら、私たちの生そのものが死へ向かう「コンテキスト(の無)」であり、このコンテキスト上で、現行のコンテキストの諸々の変化が行われるという包含関係があるからである。

 たとえば、久しぶりに出身校に行き校庭を歩いてみると、在学中とはかなり異なる仕方でその校庭や校舎、過去の記憶を解釈することになるかもしれない。それは、いまの自分の将来的目標や関心ごとが、在校時のそれから変化し、それと連動して学校や自身の学校生活の記憶を眺める視点も変化したからである。このような「変化」そのものを、変化前や変化後のコンテキスト(それらはクーンの「パラダイム」のように互いに独立して閉じている)の内部で捉えるのではなく、変化を変化として捉えることができるのは、メタ的なコンテキストである死へのコンテキストにおいてのみである。

 死へのコンテキストにおいて、私たちは現行のコンテキストの見かけ上の絶対性を相対化し、俯瞰的に見ることを可能にする。それは同時に、意味づけの動揺そのものや意味づけの消失(死)に対しても、何らかの「準備的なこと」ができていることを意味する。これは、右手では現行のコンテキストを掴みつつ、左手では死へのコンテキストを掴んでいるような状態と言えるだろう。死へのコンテキストの自覚は、コンテキストの動揺に対するレジリエンス(弾力性のある態度)を意味する。

■死へのコンテキストは常にある

 「変化」するのは、あくまで現行のコンテキストの目標である。死という目標ならざる目標は、どんな目標を目指す人生であろうが、生きているかぎりは、さまざまな目標を超えた最北、最も外側に位置し続ける。死を目指すコンテキストは、人生のあらゆる瞬間に常に存在する。人間は生まれた瞬間からすでに、可能性としてはいつでも死にうるからである。現行のコンテキストの傍に常に控えているのが死へのコンテキストである。

 この二つのコンテキストは必ずしも二者択一というわけではなく、共存・並列的なものである。私たちはいつも、好む好まざるにかかわらず、死へ向かっていると同時に、死よりも前の時点で実現すべきとされる特定の目標に向かっているからだ。

 しかし、死へのコンテキストは大抵の場合、あまり意識されてはいないか、「自分はとりあえずは死なないだろう」という仕方で忘却されている。

■現行のコンテキストとは何か

 現行のコンテキストは、その時の時代に支配的な潮流の影響を強く受ける。1970年代以降、新自由主義の隆盛の中で、現代人は良くも悪くも、「コストパフォーマンスのよい行動を取る」ことから逃れられなくなっている。

 しかし、死へのコンテキストは基本的に、コストパフォーマンスとは関係がない。死へのコンテキストにおいては、普段目指されている目標が存在しないため、「特定の目的達成にとって有用・無駄」という評価基準自体が成立しないからである。たとえば「大学合格のために有用な、コストパフォーマンスのよい勉強法」は存在しても、「死のために有用な、コストパフォーマンスのよい行為」は、よくわからない。

 何かを効率よくこなすということは、そもそも、本来はその行為自体にかかる時間を無くしてしまいたいからこそ、出来るだけ早く済まそうとするものである。しかし、目標の無を前にしてもなお「やろう」と思えることは、本質的に「やりたい」「やらなくてはならない」と思えることである。そのようなことは、その行為の実行自体が何よりの目標であり、それは「そもそもコストパフォーマンスについて考える」ことから解放されている行為のはずである。死へのコンテキストにおいては、「目標達成にとって有用か、あるいは無駄か」ではなく、とにかくその行為への必然性、意志、機縁が基準となる(ただし、「効率的に過ごすこと」が死へのコンテキストにおいて常に排除されるわけではなく、「効率的に過ごすこと」が死へのコンテキストにおいて必然性を帯びることは可能ではあるが)。

■死へのコンテキストにおける行為の特徴

 このように、死へのコンテキストにおいて、通常の目的は原理的には目指されない。死へのコンテキストに関わるのは、「それ自体が目的になっていることを行う」ことであると考えられる。

 現行の経済合理主義的、コストパフォーマンス主義的なコンテキストにおいては無駄に見えることでも、それが自身の死へのコンテキストにおいては必須であるということはありうる。

 「趣味」「余暇」「下手の横好き」ということで片付けられてしまう多くのことは、この死へのコンテキストに関わっている可能性がある。『死ぬ瞬間』で「死への5段階理論」を提唱したキューブラー=ロスは、末期患者の死への赴く過程は人生のうちで最も実り多い日々になりうると述べるが(ロスには『死 それは成長の最終段階』(Death The Final Stage of Growth)という著作もある)、実りが多かったとしても結局死んでしまうのならば意味はないとも言える。しかし、個人の死へのコンテキストにおいては、「実り多く」死ぬのか、そうでなく死ぬのかということは、個人にとって最重要の関心事になりうる。そのようにして、経済合理的な観点からは「無駄」「無為」な(それどころか「マイナス」ですらある)行為が、個人の死へのコンテキストにおいては最重要となることはありうる。

 今日、経済合理性の外にあるものは「任意」とされる。たとえば、サービスを提供してくれた店員に既に料金を払っているのであれば、それに「加えて」どこまで感謝すべきかということは、市場における交換からすれば「余剰」のことである。だから、金さえ払っていればやるべきことはやっていると考える人も少なくない。本稿の中編でも述べたが、ハーヴェイの述べるように、今や「市場原理こそが倫理である」からである。しかし死へのコンテキストにおいては、ある人への感謝は「余剰」どころか不可欠のことになる可能性がある。

■常に片手を空けておくこと

 現行のコンテキストに、死へのコンテキストを共存させること。現行のコンテキストの隙間、狭間に、死へのコンテキストにおける時間を入れ込むこと。現行のコンテキストにおけるさまざまな行動の中に、死へのコンテキストを織り込むこと。この「どちらか一方だけでなく、両方」(片方ずつでも)という態度が、世界の意味変化へのレジリエンスを高めることになるのではないか。多様なコンテキストを生きたことのある人は、視野が広がり、他者のコンテキストをより理解しやすくなるのではないだろうか。

 死へのコンテキストを生きることは、夢の中を生きることや、過去のパラダイムを思い出して現在のパラダイムと重ねながら今を生きること、子どものように生きることにも似ている。それはどれも、現行のコンテキストだけでなく、オルタナティブなコンテキストの実在性を認識しながら、つまり、片手で現行のコンテキストを掴みながらも、もう一方の手は空けておいて、別様のコンテキスト(死のコンテキスト、非現行のコンテキスト(過去あったコンテキスト、将来生きるかもしれないコンテキスト)、曖昧なコンテキスト(夢、子どものコンテキスト))を「掴んで」おくことだからである。余裕、遊び、レジリエンスを持つこと。これは現行のコンテキストにおいて広い視野を持つことにも繋がる。

 ニーチェやホッファーが子どものように生きることこそ成熟と言っていたこと、ハイデガーの死への先駆、ベルクソンの夢、子どもの記憶力への注目などは、どれもこの「別様のコンテキスト」に関わっていると考えられる。

■分断に抗して

 カズオ・イシグロによれば、アメリカのトランプ現象が反映しているように、われわれは「知的エリート」と「それ以外」とに分断されている。知的エリートの用いる「多様性」概念は、非エリートを「非寛容」であるとして差別し、非難する[1]「カズオ・イシグロ語る「感情優先社会」の危うさ」東洋経済オンライン編集部(https://toyokeizai.net/articles/-/414929)(2021年8月19日閲覧)

 本稿の文脈にひきつければ、それは、知的エリートにはこの世界の可変性へのレジリエンスが欠けているからである。彼らは知的エリート的世界における処世術、有用な因果関係や意味づけしか知らない[2]よって、知的エリートの教育や「多様性」概念は、「コンテキスト多様性」を保護する「環境に優しい人」の養育にあまり貢献していないように見える。エリック・ホッファーが述べるように、現行の「教育は優しい心を育みはしない」のではないか。「全般的にみて、教育のある人間よりも大衆(common people)の方が、人類についてよい見解を持っている。もしベルグソンが言う、「われわれが目にしたがらない人間性は、われわれの存在の深みにおいて見出される人間性である」が真実なら、知識人はひどい苦境に立つ。これは避けられない。教育は、やさしい心を育くみはしない(education does not educate and gentle the heart)。」(『波止場日記——労働と思索』エリック ・ホッファー著、田中淳訳、みすず書房、52頁)。「ガンジーはかつて、最も心配なのは「教育ある者の心のかたさ」(the hardness of heart of the educated)であるといったが、教育というものはひとの心を陶冶するよりはむしろしばしばいっそう野蛮(savage)化してしまうという事実は衝撃的だ」(『現代という時代の気質』エリック ・ホッファー著、柄谷行人訳、ちくま学芸文庫、2020年、120-121頁)。「知識人は人間性を型にはめ加工することのできる材料と同様に扱ってしまいやすいのである」(同上、122頁)。。しかし、非エリートも彼らの階級で支配的なコンテキストしか知らない。各階級には、その階級で「うまくやる」「きちんとやる」ための意味づけや因果関係があるだけで、各階級の世界の見方は互いに閉じて、水面下では敵対している。この階級的分断を各階級に支配的な因果関係によって乗り越えることは困難である。

 知的な営みとはまた別の領域において、各々の人生の根底に潜在する世界の可変性体験(目標変化、死の実感、夢見体験としての)を掘り起こすことが、コンテキスト変容へのレジリエンスをもたらし、この階級的分断を架橋することにならないだろうか。人生そのもの、死、夢、幼少期という「形式(form)」は、その「内容(content)」(どんな人生、どんな死、どんな夢、どんな幼少期であるか)にかかわらず、誰にでも平等に存在するからである。必要なのは任意のコンテキストに固有な因果関係を精緻化することではなく、自身の人生を具体例とした、人生、死、夢、幼少期の構造そのもの(構造一般)への理解なのではないか。(結)


コンテキスト変容へのレジリエンス(前編)
コンテキスト変容へのレジリエンス(中編)


関連書籍

エリック・ホッファー[著]、柄谷行人[訳]、ちくま学芸文庫、2015年

1「カズオ・イシグロ語る「感情優先社会」の危うさ」東洋経済オンライン編集部(https://toyokeizai.net/articles/-/414929)(2021年8月19日閲覧)
2よって、知的エリートの教育や「多様性」概念は、「コンテキスト多様性」を保護する「環境に優しい人」の養育にあまり貢献していないように見える。エリック・ホッファーが述べるように、現行の「教育は優しい心を育みはしない」のではないか。「全般的にみて、教育のある人間よりも大衆(common people)の方が、人類についてよい見解を持っている。もしベルグソンが言う、「われわれが目にしたがらない人間性は、われわれの存在の深みにおいて見出される人間性である」が真実なら、知識人はひどい苦境に立つ。これは避けられない。教育は、やさしい心を育くみはしない(education does not educate and gentle the heart)。」(『波止場日記——労働と思索』エリック ・ホッファー著、田中淳訳、みすず書房、52頁)。「ガンジーはかつて、最も心配なのは「教育ある者の心のかたさ」(the hardness of heart of the educated)であるといったが、教育というものはひとの心を陶冶するよりはむしろしばしばいっそう野蛮(savage)化してしまうという事実は衝撃的だ」(『現代という時代の気質』エリック ・ホッファー著、柄谷行人訳、ちくま学芸文庫、2020年、120-121頁)。「知識人は人間性を型にはめ加工することのできる材料と同様に扱ってしまいやすいのである」(同上、122頁)。


執筆者:エドガー・ジェニングス・プラム(Edgar Jennings Plum)

アイキャッチ画像:ポール・セザンヌ《レ・ローヴから見たサント・ヴィクトワール山》1902-06年
画像出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Montagne_Sainte-Victoire,_par_Paul_C%C3%A9zanne_109.jpg