ロースハウス—ミヒャエル広場

近代建築事始め[第1回]——建築というカテゴリー

 次のような単純な問いから、話を始めることとしたい。

 ——建築は、芸術なのか?——

 この問いは確かに単純だが、その意味するところはそれほど明快ではない。問いの形式から、答えはYes/Noの二択が要請されていることはわかる。だが、この問いによって質問者がどんな情報を得ようとしているのか、その意図はまだ明確ではない。少し咀嚼してみよう。字面通りに読むと、一般論として建築が芸術に含まれるのか問われているように読める。建築は芸術か否か。だがそもそも、ここで言う建築とは何だろう。私たちは何について、「これは建築だ」と言うだろうか。対象はやはり建造物だろうか。そうかもしれない。建造物以外のもので建築と名指すものをぱっと思いつかないし、逆に建造物をこれは建築ではないとわざわざ指摘するケースもあまりないように思う。あるとしたら橋やダムなどについてだろうか。こう考えると建築という語の指す範囲は広く、そして曖昧である。

 知的分野で領域や境界があいまいな場合に手掛かりの一つになるかもしれない判断基準として、「その対象を扱う大学の学科があるか」を問うやり方がある。つまり今回の建築であれば、建築学科で扱うものを(さしあたり)建築として扱うという具合である。この基準を適用すれば、ほとんどすべての建造物が建築と呼べそうである。一軒家から東京スカイツリーまで、およそ地上に建つ人工物は、建造にあたって何らかの形で、建築学科で学んだことのある人が多少なりともかかわっているだろう。地方の古民家で、日本にまだ学制が施かれる前に作られたから建築とは無関係に見えるというものもあるかもしれないが、そうしたものも建築学科の研究室に持ち掛ければきっと喜んで研究対象にしてくれるだろう。

 このあまりに広くとった「建築」のカテゴリーに、首をかしげる向きもあるだろう。それはあまりに表面的すぎるしいい加減だ、もっと本質的な(あるいは内在的な)判断基準を述べよと思われるかもしれない。上記のような基準では、何が建築で何が違うかを、建築学科の教授なり研究者なりが、自分の裁量で決められることになってしまうのではないか。このような心配をお持ちの方は、どうぞご安心を。上に示した判断基準は決して今後も公に認められる気遣いはない。そこまで無分別ではまず教授になれないだろうし、建築学科が学問領域をはらぺこあおむしよろしく胃袋に収めていく間、他の学科が手をこまねいて傍観するとも思えない。

 与太が過ぎると言われそうだが、決してすべてが冗談ではない。ジャンルやカテゴリーの成立に関して学制は重要である。日本では特にそうだ。明治維新以降、西洋諸国の文明に触れた日本で、既存の技術や文化、風習は流入してくる新しい文物にさらされ、軋轢が生じるなかで自らの価値や意義を問い直され、新たに基礎づけられる必要が生じた。建築という日本語は英語architectureの訳語として考案された。これが定まるまでにも紆余曲折あるのだが、今はそれは良い。ともあれ現在の学制に残った名は、そうした彫琢と新たな基礎づけの結果なのである。

 しかしもちろんだからと言って、現在学科の名として残ったカテゴライズが完璧で絶対というわけではない。そう考えるくらいなら、いっそ現在は現在に過ぎず、すべてが常に過渡的だと考える方がむしろしっくりくるというものだろう。実際数十年単位で見れば学部や学科の再編や創設は、そう珍しいことでもない。

 最初の問いに戻ろう。

 ——建築は、芸術なのか?——

 お気づきのことと思うが、芸術もまた自明なカテゴリーではない。この問いは、自明ではない対象が、自明ではないカテゴリーに当てはまるのかと問うているのである。

 こんな曖昧模糊とした問いに関わっても、時間を無駄にするだけだと思われるかもしれない。だが待ってほしい。この問いは何も、筆者が思い付きででっち上げたものではない。こんな問いを実際に公に向けた文章で掲げた人物が、今から百年と少し前のオーストリアにいたのだ。

 彼の名はアドルフ・ロース。西洋における近代建築の先駆的存在とされている人物である。

 彼はなぜこのような問いを発したのか。そこにどんな動機、意図、必要性があったのか。その問いに彼はどのような答えを出したのか。そしてそれは現代にどんな意味を持っているだろうか。

 それをこれから見ていこう。


関連書籍

アドルフ・ロース[著]、鈴木了二/中谷礼仁[監修]、加藤淳[訳]、みすず書房、2015年
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大川三雄・川向正人・初田亨・吉田鋼市著、彰国社、1997年

執筆者:岸本督司

アイキャッチ画像:ウィーンのミヒャエル広場に立つロースハウス(アドルフ・ロース設計、1909-11年)、 photo by Thomas Ledl、2015年
画像出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Looshaus_Michaelerplatz.JPG


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