サクラメントで抗議する動物愛護団体の人たち

現代アートと動物の展示——「劇場」の中の動物たち(1)

 2017年9月25日、ソロモン・R・グッゲンハイム美術館は、展覧会「1989年以降の中国とアート:世界の劇場(Art and China after 1989: Theater of the World)」のオープンを約10日後に控えながら、「繰り返される暴力の脅威」を理由として、「スタッフと観客と参加作家の安全を考慮し」、タイトルにも引用された黄永砯ホアン・ヨンピンの作品《世界の劇場》を含む、3つの作品の展示中止を発表した[1]グッゲンハイムによるプレスリリース、2017年9月25日。https://www.guggenheim.org/press-release/works-in-art-and-china-after-1989-theater-of-the-world(2021年8月21日)。直接の原因とはされていないが、その5日前に公開されたニューヨークタイムズによる紹介記事[2]Jane Perlez, “Where The Wild Things Are: China’s Art Dreamers at the Guggenheim, The New York Times, Sep. 20, 2017.  https://www.nytimes.com/2017/09/20/arts/design/guggenheim-art-and-china-after-1989.html(2021年8月21日)により、美術館に一部の作品の撤去を求める署名が5日間で60万人に達していた[3]署名はオンライン署名サイトであるChange.org 上で集められ、最終的には82万を超える数の署名が集まっている。https://www.change.org/p/promote-cruelty-free-exhibits-at-the-guggenheim(2021年8月21日)。それらの作品はいずれも、制作過程もしくは実際の展示において、爬虫類や犬、豚といった生きた動物を登場させるというもので、それらに対する扱いが虐待であると問題視されたことが原因だった。

 展覧会を中止へと追い込む脅威が具体的にどのようなものであったのかは、グッゲンハイムは明らかにしていないものの、2019年のあいちトリエンナーレにおける「表現の不自由展・その後」の展示中止と再開をめぐる一連の騒動の後では、ある程度想像のつくことだろう。作家の艾未未アイ・ウェイウェイは美術館の展示中止の発表を受け、「芸術機関が言論の自由の権利を行使できないのは、現代社会にとって悲劇的なこと」であり、「美術館に作品の撤去を迫ることは、動物の権利だけでなく人権に対する狭い理解を示している」と記者に対してコメントした[4]Robin Pogrebin and Sopan Deb, “Guggenheim Museum Is Criticized for Pulling Animal Artworks”, The New York Times, Sept. 26, 2017. https://www.nytimes.com/2017/09/26/arts/design/guggenheim-art-and-china-after-1989-animal-welfare.html(2021年8月21日)。表現の自由を擁護する団体であるアメリカペンクラブも状況を憂慮し、「これらの作品が消されたことを喜ぶ人たちは、次に何が消されるのか、誰の命令で消されるのかを考えるべきです」[5]アメリカペンクラブによるプレスリリース、2017年9月26日。 https://pen.org/press-release/citing-threats-violence-guggenheim-removes-works-upcoming-exhibition(2021年8月21日)と、抗議者に釘を刺すような声明を発表した。

 翌日のニューヨークタイムズの記事は、同じく作品の撤去という結末を迎えたウォーカー・アート・センターの庭園のサム・デュラントの彫刻の例などを出しながら、近年はこうした争いで、抗議する側が勝つことが増えているようだと報じた。デュラントの作品《足場(Scaffold)》(2012)は、1862年にダコタ族の38名を一斉絞首刑にしたアメリカ史上最大の大量処刑を含む、アメリカの州が認めた7件の歴史的な絞首刑のために作られた絞首台を参考にしていたが、ダコタの住民や支持者たちから、作品は事件のトラウマを矮小化していると批判されていた[6]デュラントは「私の作品が地域社会にもたらしたトラウマや苦しみを謝罪したい」と記者会見で述べている。Sarah Cascone, “Walker Art Center’s Controversial Gallows Sculpture Will Be Removed and Ceremonially Burned”, artnet news, May 31, 2017. https://news.artnet.com/art-world/walker-sculpture-garden-to-remove-sam-durant-scaffold-977447(2021年8月21日)

 展覧会という表現の場が、暴力的な手段によって奪われること、しかもそのような事例が頻発しているとすれば、表現に関わる者にとっては危機感を覚えずにいられない深刻な事態である。ただし、作品の特徴を考慮に入れるなら、動物を展示した作品や展覧会が激しい抗議にあうのは近年に始まったことではない。

 1966年、ローマのラ・サリタ画廊で開かれたリチャード・セラの初個展では、生きた豚や剥製を含む22体の動物が展示された。これは生きた動物をそのままに展示して美術作品としたほぼ最初期の実践に当たると考えられているが、公開後騒動となり、地元警察が画廊を閉鎖してしまった[7]なお、画廊が警察に通報された理由は、「許可証に記載されていない商品を扱っていた」ことだったという。https://www.palazzoesposizioni.it/pagine/1964-la-salita-giulio-paolini-eng(2021年8月21日)。また1971年、ロンドンのヘイワード・ギャラリーでは、「ロサンゼルスの11組のアーティスト」展でヘレン・メイヤー・ハリソンとニュートン・ハリソンの夫妻による作品《移動式養魚場》が展示された。会場に設置された7つのプールに異なる成長過程のナマズや牡蠣やロブスターを入れて養殖する様子を見せるというものだったが、ナマズが最後に感電死させられ、調理されて観客に振る舞われることを知った俳優・コメディアンのスパイク・ミリガンは、ハンマーを持ってギャラリーに現れ、抗議のため窓ガラスを叩き割った[8]Giovanni Aloi, “The Death of Animal”, Antennae, Issue 5 Spring 2008, p.46.。1970年代後半に入ると、「動物の権利(アニマルライツ)」運動団体が北米を中心に世界各国に作られるが、以降、主にこれらの団体から動物を扱ったいくつかの作品が激しく糾弾されてきた。歴史を振り返れば、グッゲンハイムの展示中止の一件もまた、上記のような抗議事例の一つに数えられるだろう。

■ なぜ、動物の展示か

 生きた動物が登場する作品はこれまでに数多く発表されてきたが、もちろんそのすべてが軋轢を生んできたわけではない。12頭の馬が展示場内に繋留されるヤニス・クネリスの《無題》(1969)(Google画像検索)や、コヨーテと一緒に3日間生活したヨーゼフ・ボイスの《私はアメリカが好き、アメリカも私が好き》(1974)(Google画像検索)は、現代アートの歴史の中でも記念碑的存在となっている。2014年にロサンゼルス・カウンティ美術館で行われたピエール・ユイグの個展では、片方の前脚がピンク色に染まった、Humanと名付けられた雌犬がギャラリーの中を自由に歩き回っていた[9]Linda Theung, “Human, Pierre Huyghe’s Dog-in-Residence”, Unframed, Nov. 26, 2014. https://unframed.lacma.org/2014/11/26/human-pierre-huyghe’s-dog-residence(2021年8月21日)

 動き、食べ、排泄し、鳴き声や匂いも生じる存在のインパクトや、それが空間にもたらす異化効果を考えれば、動物の展示がアーティストにとって魅力ある手段であることは想像に難くない。実際に筆者はコーディネーターとして、過去に数件、動物を作品に登場させたいという相談をアーティストから受けたことがある。

 しかし、種によっては専門の飼育員の協力を必要とし、ペットショップなどで入手しやすい小動物や魚などであっても、管理や展示後のケアなどの課題がある。さらに、非専門家による飼育や環境によるストレスから個体の衰弱や死の可能性もある。筆者が関わった中でも、あるものは上記のような理由から断念され、またあるものは実行されたが、それは筆者にとってはアーティストの創作への熱意を感じながらも、実際的なハードルの高さ、そして生きた動物を表現の一手段として利用することの倫理的是非について考えさせる出来事となった。

 表現に関わる者は、生きた動物を作品や展示に利用して良いのだろうか?(それにより動物が傷つき死ぬようなことがあったとしても?)もしそれが作品にとって必要な場合、アーティストやキュレーターは、何を考えどう行動すれば良いのだろうか? 動物の展示に接して浮上したこれらの疑問が本論の動機である。

 現代アートにおける動物の展示への抗議は、これまで一部の熱心な動物愛護運動家によるものと片付けられ、美術関係者からの真剣な応答は決して多くはなかった。しかし一方で、この数十年来、世界各地で進んできた動物に対する人間による搾取的な関係性への見直しは、動物福祉法の整備など具体的な形を取ってきている。2020年に始まる新型コロナウイルスの拡大は、中国の野生動物市場やヨーロッパを中心とした毛皮産業などにも大きな打撃を与えたが、それは市場や産業の在り方自体の再検討を迫るものとなっている。現代アートの領域もまた、こうした社会状況と無関係ではいられず、今後動物を扱った作品や展示については一層慎重になる必要があるだろう。

 本論では、動物を展示した過去の作品や事例を振り返るとともに、それに関わるいくつかの言説を見ていくことで、現代アートと動物の展示に関する諸問題と背景について検討したい。それは動物と人間の関係だけでなく、異なる価値観やイデオロギーを持つ人間同士の関係についても同時に考えていくことになるだろう。

 ささやかな試みではあるが、作品や展示のこれからあるべき姿を模索する同時代のアーティストやキュレーターにとっての一助となれば幸いである。

(続く)


関連書籍

Giovanni Aloi, London, I.B. Tauris, 2011

1グッゲンハイムによるプレスリリース、2017年9月25日。https://www.guggenheim.org/press-release/works-in-art-and-china-after-1989-theater-of-the-world(2021年8月21日)
2Jane Perlez, “Where The Wild Things Are: China’s Art Dreamers at the Guggenheim, The New York Times, Sep. 20, 2017.  https://www.nytimes.com/2017/09/20/arts/design/guggenheim-art-and-china-after-1989.html(2021年8月21日)
3署名はオンライン署名サイトであるChange.org 上で集められ、最終的には82万を超える数の署名が集まっている。https://www.change.org/p/promote-cruelty-free-exhibits-at-the-guggenheim(2021年8月21日)
4Robin Pogrebin and Sopan Deb, “Guggenheim Museum Is Criticized for Pulling Animal Artworks”, The New York Times, Sept. 26, 2017. https://www.nytimes.com/2017/09/26/arts/design/guggenheim-art-and-china-after-1989-animal-welfare.html(2021年8月21日)
5アメリカペンクラブによるプレスリリース、2017年9月26日。 https://pen.org/press-release/citing-threats-violence-guggenheim-removes-works-upcoming-exhibition(2021年8月21日)
6デュラントは「私の作品が地域社会にもたらしたトラウマや苦しみを謝罪したい」と記者会見で述べている。Sarah Cascone, “Walker Art Center’s Controversial Gallows Sculpture Will Be Removed and Ceremonially Burned”, artnet news, May 31, 2017. https://news.artnet.com/art-world/walker-sculpture-garden-to-remove-sam-durant-scaffold-977447(2021年8月21日)
7なお、画廊が警察に通報された理由は、「許可証に記載されていない商品を扱っていた」ことだったという。https://www.palazzoesposizioni.it/pagine/1964-la-salita-giulio-paolini-eng(2021年8月21日)
8Giovanni Aloi, “The Death of Animal”, Antennae, Issue 5 Spring 2008, p.46.
9Linda Theung, “Human, Pierre Huyghe’s Dog-in-Residence”, Unframed, Nov. 26, 2014. https://unframed.lacma.org/2014/11/26/human-pierre-huyghe’s-dog-residence(2021年8月21日)


執筆者:武本彩子(キュレーター/アートコーディネーター)

アイキャッチ画像:カリフォルニア州会議事堂美術館(California State Capitol Museum)の前で抗議する動物の権利団体(Direct Action Everywhere)の人たち(photo by Jorge Maya
画像出典:https://unsplash.com/photos/gpMQLbrqklM


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