サクラメントで抗議する動物愛護団体の人たち

現代アートと動物の展示——「劇場」の中の動物たち(2)

(1)はこちら


 「1989年以降の中国とアート:世界の劇場」で、動物虐待と非難を受け展示中止となった作品は、黄永砯ホアン・ヨンピン《世界の劇場(Theater of the World)》、徐冰シュ・ビン《転移のケーススタディ(A Case Study of Transference)》、孫原スン・ユエン&彭禹ポン・ユー《互いに触れられない犬たち(Dogs Cannot Touch Each Other)》の3点であった。このうち、実際に会場で動物の展示を行うのは《世界の劇場》のみであり、他の2点はいずれも、過去に別の会場で行われたイベントや展示の記録映像であった。

●黄永砯《世界の劇場》

 展覧会のタイトルにも引用された《世界の劇場》(1993)は、展示中止を受け、作品の一部である特徴的な形をした展示ケースが空のまま会場に置かれることとなった。亀の甲羅のようなドーム状のケースは、上部がメッシュの金網で覆われ、中を覗き込めるようになっている。本来その中には、コオロギやゴキブリなどの多くの昆虫、蜘蛛やサソリ、ヒキガエル、ヤモリやヘビなどの爬虫類といった様々な種の生き物たちが一緒に入れられて展示される予定だった。昆虫は他の生物に捕食され、爬虫類などの大きな個体も、お互い捕食したり攻撃したりする可能性が想定されていた。つまりは「弱肉強食」の世界である。

 作者である黄永砯(1954-2019)は、1986年に結成された前衛的グループ、厦門アモイダダの中心的な人物である。厦門ダダは、1986年の厦門新美術館で開かれた第一回展の終了後、美術館の前庭で展示された作品のすべてを燃やした「焼却イベント」など、その反権威的な過激さで伝説的存在となっている。黄は「大地の魔術師」展(1989)のために渡仏するが、直後に勃発した第二次天安門事件により帰国困難となり、その後はパリで活動した。

 《世界の劇場》からは、黄の作品を特徴づける、東洋的なものと西洋的なものとのアイロニカルな融合を見ることができる。複数の生物を同じ容器に入れ捕食させあうという発想は明らかに、甕の中に蜘蛛やサソリやガマ、蛇などの毒を持つ生物を入れ、互いを捕食させあい、最後に生き残った生物の強力な毒で人を呪う中国の少数民族に伝わる「蠱毒こどく」という呪術法に基づいている。一方、特徴的な形の展示ケースの着想源となったのは、ジェレミー・ベンサムが考案し、ミシェル・フーコーによってその著書『監獄の誕生』(1975)の中で近代社会の規範的モデルとされた、一望監視施設「パノプティコン」であるという。

 《世界の劇場》はこれまでにも欧米で度々出品されてきたが、2007年のバンクーバーでの回顧展では世論の反発を受け、空のケースのみの展示となった。この前例は美術館を警戒させるものだったと見え、グッゲンハイムのキュレーターであるアレクサンドラ・モンローは事前の取材で、展示にあたり「一流の動物のケアハンドラーと協力している」こと、生物は「ペット用に飼育されており、人工的な環境での生活に慣れている」ことを強調している[1]Andrew Goldstein, “The Guggenheim’s Alexandra Munroe on Why ‘The Theater of the World’ Was Intended to Be Brutal”, https://news.artnet.com/art-world/alexandra-munroe-theater-of-the-world-interview-pt-1-1095470 (2021年10月1日)

●徐冰《転移のケーススタディ》

 黄と同様、80年代後半の中国を代表するアーティストの徐冰(1955-)は、漢字の生成規則に則った4000字以上に及ぶ偽漢字を創作し、書物やインスタレーション作品に展開してきた。展示中止となった《転移のケーススタディ》という作品では、1994年に北京のアートセンターで行われた、雌雄2頭の豚が登場するイベントの記録映像が用いられる予定であった。

 2頭の豚は、雌には徐が創作した無機能な漢字、雄には意味をなさないアルファベットの羅列が体一面を覆うようにインクで刻印され、大量の本と藁が敷かれた一区画で展示された。多くの観客が取り囲む中、興奮した雄は執拗に雌を追い回し、何度も振り落とされながらも交尾のためまたがろうとする。その様子は、西洋文明(雄=アルファベット)による東洋文明(雌=漢字)の蹂躙という秘めた意図を感じさせるが、作家によれば、豚自体がアメリカ系と中国系の交配種であり、作品は「暴力的だが同時に生産的でもある、東洋と西洋の出会いを演じたユーモラスな文化的寓意[2]Art and China after 1989: Theater of the world, Guggenheim Museum, p164.」であるという。

 ちなみに、この作品を報じたメディアの中には、豚が刺青を施されたと記述する記事[3]例えばartsy の次の記事など。Eli Hill, “Artworks removed from the Guggenheim New York after animal cruelty allegations will go on display in Bilbao”, https://www.artsy.net/news/artsy-editorial-artworks-removed-guggenheim-new-york-animal-cruelty-allegations-will-display-bilbao (2021年10月1日)も散見されたが、これは生きた豚にルイ・ヴィトンのモノグラムなどの刺青を施すベルギーのアーティスト、ヴィム・デルボア(1965-)の作品との混同と思われる。デルボアは2005年に動物福祉法が厳しくない中国の北京郊外に大きな農場を購入し、作品となる豚を育ててきた。(当然ながら、デルボアの作品も動物保護団体から激しい非難を浴びることとなったが、彼によれば農場の豚たちは「とても甘やかされている」[4]ArtAsiaPacific, “Bringing Home the Bacon: Wim Delvoye”, http://artasiapacific.com/Magazine/55/BringingHomeTheBaconWimDelvoye (2021年10月2日)のだという。)

●孫原&彭禹《互いに触れられない犬たち》

 黄や徐と異なり、天安門事件以降の世代である孫原&彭禹(1972-/1975-)は、現在も北京を拠点として制作活動を続けている。甲殻類や魚を生きたまま壁に埋め込み、ゆっくりと死んでいくさまを見せる《水族壁(Aquatic Wall)》(1998)や、生きたロブスターや爬虫類を大量に数珠繋ぎにして吊り下げた作品《カーテン(Curtain)》(1999)など、彼らの作品では生きた動物が何度も素材となってきた[5]孫原&彭禹ウェブサイト、http://www.sunyuanpengyu.com(2021年9月12日)。彭によれば、《カーテン》について、使用したロブスターなどの生物は北京の市場で食用として売られているものであるという。彭はインタビューで以下のように続ける。

この作品では、ロブスターが生きていることが重要でした。多くの生物が命をかけてもがく様子を観客が見ることができるようにです。人間の人生における立ち位置もまた、ちょうどこのロブスターと同じようなものと考えられます。人生を通して各々の役割を全うするしかなく、生まれてから死ぬまでの場所に限定されるのです[6]ZCZ Films によるインタビューより。https://www.youtube.com/watch?v=9Q3V6GztuNg (2021年10月1日)

 彭はここで人間と動物のアナロジーを用いているが、彼らの生物の身体に対する唯物的な見方は人体に対しても例外とはならず、同じ年に作られた《ハニー(Honey)》という作品では人間の赤ん坊と老人の死体が用いられた。これらの作品は物議を醸し、彼らに「死体派」の異名をとらせるに至る。そうした表現を可能にした背景には、「人体標本」として人間の死体を病院や標本会社から買ったり借りたりすることのできる環境があった[7]平井章一「中国現代美術における身体表現」『アヴァンギャルド・チャイナ–<中国当代美術>二十年–』(国立国際美術館、国立新美術館、愛知県美術館、国際交流基金、2008年、98頁。

 本展で展示予定だった作品《互いに触れられない犬たち》は、北京で行われた2003年のイベントの記録映像である。8頭のピットブル犬がトレーナーに誘導され登場し、2台ずつ向かい合うように設置された非電動のトレッドミルの上に繋がれる。トレーナーや周囲の観客に興奮を煽られた犬たちは、次第に速度を上げるトレッドミルの上で、しまいには全速力で走らされることとなる。筋骨隆々とした2頭の犬が向かい合う図は、あたかも目の前の相手との対決に備えるかのようだが、記録映像からは、犬は常に相手の犬を意識しているわけではなく、所在無げに視線を彷徨わせる様子も見られる。映像の最後には、作家の合図により、トレーナーたちに走行を終えさせられた犬たちが、息を荒げて口から涎を流す様子が収められている。

孫原&彭禹《互いに触れられない犬たち》2003年

●動物保護団体の反応 

 孫原&彭禹の《互いに触れられない犬たち》は、この作家の作品としてはまだ穏健な部類に属していたかもしれないが、アメリカで最も長い歴史を持つ動物保護団体であるASPCA(アメリカ動物虐待防止協会)はその抗議声明[8]“ASPCA Objects to Animal Cruelty in Guggenheim Museum Exhibit ‘Art and China after 1989: Theater of the World‘”, https://www.aspca.org/about-us/press-releases/aspca-objects-animal-cruelty-guggenheim-museum-exhibit-art-and-china-after (2021年10月1日)の中で、展示中止となった3点の中でもこの作品に比重を割いて批判した。同種の団体として世界最大級の会員を持つPETA(People for the Ethical Treatment of Animals:動物の倫理的扱いを求める人々の会)の抗議文[9]“Guggenheim’s Dogfighting Display Is ‘Sick’: PETA Says Pull the Plug”, https://www.peta.org/media/news-releases/guggenheims-dogfighting-display-sick-peta-says-pull-plug/ (2021年10月1日)は、《互いに触れられない犬たち》と《世界の劇場》のみに言及しており、また本展巡回先のグッゲンハイム・ビルバオでは、他の2点の作品が展示・上映されたにもかかわらず、孫&彭の作品だけは動物の出ない他の映像に差し替えられている[10]Henri Neuendorf, “The Guggenheim Bilbao Will Show Two Controversial Animal Works That Were Pulled From Its Chinese Art Survey in New York”, https://news.artnet.com/art-world/guggenheim-bilbao-animal-works-1275773 (2021年10月1日)

 これらの状況からは、実際に会場で動物を展示するかどうかにかかわらず、3点の作品のうち、動物保護団体にとって最も批判すべきは《互いに触れられない犬たち》、次いで《世界の劇場》であり、《転移のケーススタディ》はまだ容認できるものだったと考えられる。3つの作品に対する抗議の温度差は何を意味するのだろうか。次では、抗議の背景となる動物保護の思想的・文化的背景について考えたい。

(続く)


「現代アートと動物の展示——「劇場」の中の動物たち」
第1回 第2回


関連書籍

Giovanni Aloi, London, I.B. Tauris, 2011

1Andrew Goldstein, “The Guggenheim’s Alexandra Munroe on Why ‘The Theater of the World’ Was Intended to Be Brutal”, https://news.artnet.com/art-world/alexandra-munroe-theater-of-the-world-interview-pt-1-1095470 (2021年10月1日)
2Art and China after 1989: Theater of the world, Guggenheim Museum, p164.
3例えばartsy の次の記事など。Eli Hill, “Artworks removed from the Guggenheim New York after animal cruelty allegations will go on display in Bilbao”, https://www.artsy.net/news/artsy-editorial-artworks-removed-guggenheim-new-york-animal-cruelty-allegations-will-display-bilbao (2021年10月1日)
4ArtAsiaPacific, “Bringing Home the Bacon: Wim Delvoye”, http://artasiapacific.com/Magazine/55/BringingHomeTheBaconWimDelvoye (2021年10月2日)
5孫原&彭禹ウェブサイト、http://www.sunyuanpengyu.com(2021年9月12日)
6ZCZ Films によるインタビューより。https://www.youtube.com/watch?v=9Q3V6GztuNg (2021年10月1日)
7平井章一「中国現代美術における身体表現」『アヴァンギャルド・チャイナ–<中国当代美術>二十年–』(国立国際美術館、国立新美術館、愛知県美術館、国際交流基金、2008年、98頁。
8“ASPCA Objects to Animal Cruelty in Guggenheim Museum Exhibit ‘Art and China after 1989: Theater of the World‘”, https://www.aspca.org/about-us/press-releases/aspca-objects-animal-cruelty-guggenheim-museum-exhibit-art-and-china-after (2021年10月1日)
9“Guggenheim’s Dogfighting Display Is ‘Sick’: PETA Says Pull the Plug”, https://www.peta.org/media/news-releases/guggenheims-dogfighting-display-sick-peta-says-pull-plug/ (2021年10月1日)
10Henri Neuendorf, “The Guggenheim Bilbao Will Show Two Controversial Animal Works That Were Pulled From Its Chinese Art Survey in New York”, https://news.artnet.com/art-world/guggenheim-bilbao-animal-works-1275773 (2021年10月1日)


執筆者:武本彩子(キュレーター/アートコーディネーター)

アイキャッチ画像:カリフォルニア州会議事堂美術館(California State Capitol Museum)の前で抗議する動物の権利団体(Direct Action Everywhere)の人たち(photo by Jorge Maya
画像出典:https://unsplash.com/photos/gpMQLbrqklM


0 コメント
Inline Feedbacks
すべてのコメントを見る
0
よろしければ是非ともコメントをお寄せ下さいx