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ノンサイトの揺らぎ――ロバート・スミッソンの作品における鏡の使用

 若くして逝去したアースワークの芸術家ロバート・スミッソン(1938-1973)は、1968年に《ノンサイト「一連の残骸」、ベイヨンヌ、ニュージャージー》を制作した。この作品は、スミッソンが僻地から運んできた石の一部と、採取場所を指し示す地図や写真によって構成されたものである。彼は実在する土地をサイト、その土地から美術館やギャラリーに運ばれてきた物質や地図、写真などの集合体をノンサイトと呼び、同様の作品をいくつも制作した。

 一見すると、ノンサイトと呼ばれる地図や写真、あるいは鉱物や砂などの物質は、ある土地の全体像や性質を把握するためのもののように思われる。しかし、ノンサイトは単にサイトの代理物ではない。例えば地図によってその土地の全体像や地形を理解したとしても、その場所の実際の様相について知ることはできないのと同様、ノンサイトとサイトは直接的に接続されていないからだ。それゆえスミッソンはノンサイトを、「あるサイトとは似ていない他のサイト」、「比喩的な意味の空間」と表現した[1]Robert Smithson, “A Provisional Theory of Nonsites,” 1968, https://holtsmithsonfoundation.org/provisional-theory-nonsites.。このように、サイト/ノンサイトという概念を導入することによって、地図や写真、採取された物質と実際の場との非直接的な関係性が明らかになる。スミッソンが重要視したのは、サイトとノンサイトという二つの概念を突き合わせること――彼が言うところの弁証法――によって、自明と思われてきた両者の結びつきを解体するとともに、「ノンサイトというサイト」[2]Ibid.への新たな回路を開くことであった。

 しかし、スミッソンによる鏡を用いた作品は、このようなサイト/ノンサイトの弁証法では説明できない性質を有している。《珊瑚とコーナーミラー》 (1969)を例に見てみよう。この作品は、部屋の角に合わせて設置された二枚の鏡と床に置かれた鏡の上に白濁色のサンゴが置かれた作品である。鏡が実物のサンゴを映し出すことによって鏡像のサンゴが表れ、両者が一体となることによって、一つのサンゴの集積が形成されている。美術館に存在するサンゴと鏡に映されたサンゴの間には一見するとほとんど差異がなく、鏡像としてのサンゴはあたかもそこにあるかのように存在している。一方で、鏡による空間のゆがみによって、その集積は実際の(すべて実物のサンゴで構成された)それとは異なる様相を呈してもいる。このとき、《珊瑚とコーナーミラー》には、実在するサンゴと鏡像のサンゴという二項が発生していることとなる。そもそも美術館に置かれているサンゴ自体がノンサイトであることを考慮するならば、この二項はノンサイトの内で発生しているといえるだろう。それゆえ、鏡によって生じるのは、サイトとノンサイトの弁証法ではなく、ノンサイトの内で生み出された映すものと映されるものの弁証法である。

 《鏡と貝殻の砂》(1969-1970)では、映るものと映されるものの関係はより曖昧になる。砂の山の中に等間隔で鏡が差し込まれているこの作品では、鑑賞者の位置や視線の高さによって見え方が大きく異なる。特にある地点から眺めると、鏡に映った砂がモザイクのように重なり、作品の全体像が変容することとなる。このとき、もはや映すものと映されるものの間の関係は解体され、砂と鏡像が一体となった判然としない全体像だけが残る。また鏡には砂だけではなく、周囲の風景も映り込む。ノンサイトとしての砂、その鏡像、そして美術館という場をも取り込んで、この作品は、不確定なマッスを形作るのである。《サンゴとコーナーミラー》ではノンサイトの間に二項が差し挟まれ、両者の組み合わせによって一つの集積を形作っていた。《鏡と貝殻の砂》ではさらに進んで、《サンゴとコーナーミラー》では未だ輪郭を保っていた映すものと映されたもの、そして美術館の空間が混ざり合い、ひとつの新たな統一体を生み出すのである。したがって彼の作品における鏡の使用は、美術館の内側にある作品としてのノンサイトの輪郭をぼやけさせる効果を持つものといえるだろう。鏡の像を知覚する鑑賞者によって、「ノンサイト」という規定された概念は揺るがされ、内側から崩壊が起こるのである。

 スミッソンは、「彫刻は他の物質と同じように物理的な変化と崩壊のサイクルに従うものである」[3]Amy Baker, “Smithson’s Site/Non-Site: New York City Walk,” Artforum, February 1981.と考えていた。「ノンサイト」という概念もまた、静的なカテゴリとして機能するのではなく、「変化と崩壊」を伴うものなのであろう。彼の作品は、しばしば私たちが永続的に機能すると考えがちな概念規定や理性的な判断に揺さぶりをかけるものとして機能する。《サンゴとコーナーミラー》や《鏡と貝殻の砂》もまた、鏡の使用によって、「ノンサイト」という語で作品を捉えようとする私たちの思考を逃れるものとなるのである。


関連書籍

ジェフリー・カストナー[編]、宮本俊夫[訳]、ファイドン、2005年

1Robert Smithson, “A Provisional Theory of Nonsites,” 1968, https://holtsmithsonfoundation.org/provisional-theory-nonsites.
2Ibid.
3Amy Baker, “Smithson’s Site/Non-Site: New York City Walk,” Artforum, February 1981.


執筆者:松本理沙(京都大学大学院博士後期課程)

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