ロレンツォ・ロット《聖クリストフォロス、聖ロクス、聖セバスティアヌス》

中世イタリアにおける聖人信仰[第0回]——「仲裁者/守護者」としての聖人

 世界規模で感染拡大し続ける新型コロナウイルス。日夜、その感染動態や治療方法をめぐって様々な研究が行われているとはいえ、一般的には新型コロナは未だ得体のしれない病である。目に見えないだけに、自分がどの程度の感染リスクにさらされているのかは常に未知数で、増減する感染者数を告げるニュースに、不安や不気味さを感じながら生きている日々ではないだろうか。

 かつて、このウィルスと同じように爆発的に感染拡大し、多くの死者を生み出した疫病があった。それがペストである。1347年にシチリアに寄港した船舶からヨーロッパに上陸した病は、以後19世紀に至るまで断続的に流行と終息を繰り返した。17世紀の枢機卿ジローラモ・ガスタルディが「その恐ろしいイメージだけで病気になるには十分だった」と述べたように、医学的進歩や公衆衛生対策がみられても、人々にとってペストは恐怖そのものでしかなかった。

 ペストになるということは、単に肉体的苦痛に苛まれるだけではない。「疫病は神から人間に与えられた罰である」というキリスト教の伝統的な疾病観が、ペスト患者を精神的にも社会的にも苛んでいた。こうした神による「懲戒」に苦しむ人々のために赦しを求める声を神へ届ける「仲裁者」としての役割を担っていたのが、聖母や聖人という存在だった。代表的な存在としては聖母マリアや聖セバスティアヌス、聖ロクスがあげられる。疫病の終息を祈念する人々は彼らを表した絵画や彫刻、幟旗を教会などに奉納したり、「聖遺物」を収めた像を掲げながら街中を練り歩いたりもした。

 ペストに限らず困難な状況を生き抜くために、聖人に神への執り成しをこいねがうという行為は、初期キリスト教時代にも遡ることができる。突然の病や事故からの守護を、死後の魂の安寧を人々が祈っていたことは、古代ローマの共同墓所であるカタコンベに残された図像や銘からも見て取れる。

 聖人の持つ力が強ければ強いとされるほど、神よりも聖人にすがればいいのではないかと考える読者もいるかもしれない。しかし、そうした力は聖人自身に直接由来するものではないと考えられていた。かつて中世史家のラウール・マンセッリが指摘したように[1]ラウール・マンセッリ『西欧中世の民衆信仰――神秘の感受と異端』大橋喜之訳、八坂書房、2002年、68頁。、聖人が万能な力をもつわけではなく、あくまでも神の下で力をふるう存在だと定められていたのであった。あくまでも聖人はその生涯――死後の場合もあるが――のエピソードに付随する特定の出来事に関して、守護の力を発揮するとみなされたのだった。よく知られる例としては、殉教の際にやっとこで歯を引き抜かれた聖女アポロニアは歯にかかわる事柄の守護を、子供の姿をしたキリストを肩にのせて川を渡った聖クリストフォロスは交通にかかわる事柄の守護をするとされている。

 しかしながら、聖人信仰がとりわけ盛んだった中世キリスト教社会では、聖人がおこすことのできる奇蹟の「限界値」に挑戦するかのような数々のエピソードが残されている。そこからは、聖人という存在がみずからの「声」をどこまでくみ取ってくれるのかを試そうとする人々の心情が透けてくるかのようである。ともすれば人の悩みの数だけ無尽蔵に聖人が生まれそうなものだが、教皇庁は死者を聖人として認定する「列聖」のシステムを制度化することで、それを抑制していた。聖人崇敬は、人々の守護への希求と教会システムのあいだで揺らぎながらも発達していったものだといえよう。

 当時の人々が聖人に対して抱いていたイマジネーションを伝える史料としては、13世紀後半にジェノヴァの大司教であったヤコブス・デ・ウォラギネが記した『黄金伝説(Legenda aurea)』[2]『黄金伝説』は、芥川龍之介の「切支丹物」と呼ばれる作品群にも何らかの影響を与えたとされる。芥川は1918年の『奉教人の死』は黄金伝説第79章の聖マリナの生涯を、翌年の「きりしとほろ上人伝」は同第95章の聖クリストフォロスの生涯を翻案したものと仄めかしている。が挙げられる。『黄金伝説』には、聖人の生涯や起こした奇蹟、殉教のエピソードが数多く収められ、教会歴に沿って配されている。15世紀に印刷術が飛躍的な進歩を遂げると、ラテン語から各国語に翻訳された『黄金伝説』が瞬く間に世に広まっていった。以後、聖人の生涯を主題とした作品が制作される際には、この伝記から何らかのモチーフを取材されることもしばしばあった。聖人伝のイメージをベースとして、芸術家や知識人のアイディアが付け加えられることで、様々なイマジネーションが形作られていったのである。

 本連載では、こうしたキリスト教社会にみられる聖人崇敬の一端を、聖人伝のエピソードや絵画、彫刻作品とともに紹介していきたい。


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第0回 第1回 第2回


関連書籍

ヤコブス・デ・ウォラギネ著、前田敬作・今村孝訳、平凡社ライブラリー、2006年

1ラウール・マンセッリ『西欧中世の民衆信仰――神秘の感受と異端』大橋喜之訳、八坂書房、2002年、68頁。
2『黄金伝説』は、芥川龍之介の「切支丹物」と呼ばれる作品群にも何らかの影響を与えたとされる。芥川は1918年の『奉教人の死』は黄金伝説第79章の聖マリナの生涯を、翌年の「きりしとほろ上人伝」は同第95章の聖クリストフォロスの生涯を翻案したものと仄めかしている。


執筆者:河田淳
京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程満期退学。

アイキャッチ画像:ロレンツォ・ロット《聖クリストフォロス、聖ロクス、聖セバスティアヌス》(部分)1535年頃、カンヴァス、275×232cm、サントゥアーリオ・デッラ・サンタ・カーザ