私の秘密基地

私の秘密基地遊び

 最近は、新型コロナウイルス蔓延の影響で、あまり遠出する機会もなく、そうは言っても私はふだんから頻繁に外出をするタイプの人間ではないのだが、それでも気分転換も兼ねて自宅近くを散歩していると、以前にはあまり気にも留めていなかった風景や建物などの存在に改めて気がついて、少し新鮮な気分になることがある。

 たとえば、一本の細い小道を隔てた戸建住宅の向かいに建てられていて、どのような目的で使用されているのかわからない、2メートル四方ほどの文字通りマッチ箱のような一階建ての小さな建物。あるいは、畑のあぜ道に建てられた平屋建ての小さな住宅で、おそらく誰も住んでいないのであろうが、廃墟化しているわけでもなく、一定の美しさは保たれているものの、使用されている気配はまったく感じられない家屋など。

 このような小さな家屋を散歩しながら眺めていると、子供の頃にしばしば抱いた秘密基地への憧れのような気持ちをふと思い出す。やはり典型的な秘密基地というのは、小さくて閉鎖的な空間から成るものだというイメージは私個人に特有のものではなく、多くの人が抱くものではないだろうか。

 とはいえ、私も小学生の中学年ぐらいのころ、秘密基地遊びをしていたが、私が仲間たちと遊び場にしていた地元の秘密基地はと言えば、狭い閉鎖的な空間ではなく、また、何かの建物の一室というわけでもなく、小さな山の麓にある田畑の脇を流れる小川の周辺というまさに開放的な空間だった。

 当時、私は、週末に、数人の友人たちとその「秘密基地」で集まって、そこに流れる小川に沿った田畑のあぜ道を走り回ったり、小高い丘のような場所で寝転んだりして遊んでいた。そこは、田畑でありながら、週末にはほとんど人が寄りつかず、山の麓ということもあり、また小川が流れていたこともあって、川の流れる音やそこに満ちる清浄な空気などが合わさって、私には何か神秘的な雰囲気が感じられる場所であった。

 そういった雰囲気も手伝って、また、その年頃の子供にありがちな神話的なものへの憧れもあってか、私たちは、おそらく農作業用に使用されたのであろう、田畑周辺に落ちていた竹竿の破片をめいめい拾い上げ、それを神剣のようなものに見立てて、遊び道具とした。私たちは、おのおのの神剣でもって、田畑の周辺に高く伸びた雑草や、畑の脇に打ち捨てられていた朽ちた大根を断ち切るといったことをして、開放的な秘密基地遊びを大いに楽しんだのである。

 とはいえ、私の神剣は他の友人のものと比べ、あまり切れ味が良いとは言えず、残念に思っていた。そこで、私は、小川周辺に落ちていたレンガであったか瓦の破片であったかを利用して、自らの神剣を精一杯研いで、それが切れ味鋭いものになるよう試みた。そうこうしていると、私以外の友人たちは、神剣遊びにも飽きてしまったのか、各自の神剣を手放して、山や田畑を走り回る遊びに関心が移ってしまったようだった。

 その一方で、私の神剣は、自らの努力の甲斐あってか、非常に切れ味が鋭くなり、私は、快刀乱麻を断つといった様子で、田畑周辺の雑草や朽ちた大根を次々と断ち切って、友人以上にその神剣の切れ味を楽しんだ。そのときの私にとって、そのような神剣の切れ味は文字通り神業の行使の結果であるかのように感じられたのである。そして、そうした私たちの秘密基地遊びは、週末に数週間程度続いたのではないかと記憶しているが、とくに私は、個人的に非常なこだわりをもって、そのような神剣遊びを数週にわたって続けたようにおもう。私は、自分にとっての宝物であり神聖な対象でもある神剣を小川の一角に隠し、翌週末になって、それを取り上げて、神剣遊びを続けた。

 しかし、その後、同じ仲間たちとともに秘密基地に集まって、自らの神剣を小川の隠し場所から取り上げようとしたところ、どうしてもそれを見つけ出すことができなかった。おそらくその直前に到来した台風の影響からか、どこかに流されてしまったのであろう。私の失望は大きかった。

 もう一度、別の竹竿の破片を拾い上げて、新たに神剣を作り直す余地もあったのかもしれない。しかし、私にとって神剣はただそれ一つと感じられたこともあり、再度別の竹竿を見つけて研ぎ直す気にはなれなかった。その時点で、他の仲間たちの関心はすでに神剣にはなかったのかもしれないが、結局、私は自らにとって特別な意味を持っていた神剣遊びを諦めざるをえなくなった。

 その日しばらくどのようにして秘密基地遊びをしたのかについては記憶が定かではない。だが、その日であったかそれ以後の週末であったか、同じ秘密基地で集まっていた仲間の一人である一つ上の上級生が、山の麓の秘密基地から道路を一本隔てた向こう側にある更地で煙草の吸殻を一つ拾い上げ、それをみんなで吸ってみようと提案した。その当時、私は優等生的な気質を持ち合わせていたこともあり、当然その提案を断った。とはいえ、どこで火を手に入れたのか記憶にないが、他の仲間たちは、ほとんどフィルター程度の長さしか残っていないような吸殻に火を点けて、咳き込みながら、それを回して吸い始めたのである。

 そのようにして、私の秘密基地遊びは終わりを迎えた。


執筆者:山川仁
奈良県桜井市出身。哲学研究・大学非常勤教員。
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山川仁[著]、ナカニシヤ出版、2018年