グラス・金魚・手

S.T.の夢想日記[第2日]——眠気・夢・脈絡

 腹が減ったら飯を食う。腹が膨れたら食うのを止める。では、飯を食っている最中、腹は減っているのか?ものを口に入れるまでは、空腹の極致にある。食らいつくことしか考えていない。しかし一旦ものを口に含めば、その空腹感は変様する。それまでの絶望感を伴う飢餓状態はおさまるものの、それでもまだ、咀嚼しているものを一刻も早く呑み込みたいとは思っている。そして、うまい。たしかに、呑み込む前から次の一口のことを考えている場合もある。飢餓状態の復活。しかし、呑み込みながらもう一口、口に入れようとはしない。それ故、呑み込んでいる最中には、空腹は感じられていないように思われる。

 では、眠気についてはどうだろうか。眠気というものは、起きている間中、程度の差はあれ常に付きまとっているものである。平素の生活は多かれ少なかれ霞がかっている。これに対して、寝ているときは眠くない。眠ると眠気は収まる。眠り続けている間に眠気はない。寝る直前まで眠くて仕方がないが、眠りについた時には既にその眠気は体感できなくなっている。寝ている最中に眠気は感じない。睡魔との闘いに敗れた時、眠気は消え去り、睡眠が始まる。そして、また起きた時に眠気が復活する。むしろ逆に、眠気を感じることで目を覚ましたことを自覚する。

 しかし単に寝ているというだけでなく、夢を見るという体験を考えるならば、話が変わってくる。たしかに夢を見ている時は通常、眠気を感じていないと思われる。このことは、夢を見ている最中と眠る直前や直後とを比較すれば、明らかだろう。しかし例外的に、眠い夢の存在も確認している。私は眠気をこらえる夢を見た。明晰夢というわけではない。クイズ番組の如き国語の授業を受けているのだが、とても起きてはいられない程に眠い。授業中に寝てはいけない。その際、眠気に耐える苦痛は現実のものと寸分違わない。夢の中で殴られても痛みを感じたことはないが、そうした痛みと眠気がもたらす苦痛は別種のものであるらしい。ともあれ、寝ているときは必ず眠くない、というわけではないことは分かった。では、このようなときには何が起きているのか。

 ところで、眠気には心地よい眠気と苦痛を伴う眠気がある。起きてやらなければならないことがあるときに感じる眠気は辛いものであるが、その日一日を過ごし切ったという充実感を得ている状況で感じる眠気は心地よい。この観点で見るならば、現実生活の中断が望まれないときの眠気は辛く、現実生活を継続しなければならないという要求の無い場合には眠気は心地よくなる。そしてどうやら心地良い眠気ほど、はっきりとしないし長続きもしない傾向にあるらしい。

 現実生活は一定の継続と無矛盾性を強いられる。1秒後には2秒後がなければならず、右の反対側は左でなければならない。1秒前に虎だったものは1秒後に扇風機になってはならない。もしそのような変化があればそうなる原因がなければならず、ついでに、そうなる目的もなければならない。現実は、つじつまが合わなければ存在できないことになっている。しかし夢はそうではない。夢に脈絡を求めることは通常なく、思い返してもつじつまが合わないのが普通である。つまり、夢を見ている最中には継続の要求がない。1秒前が5秒前より前にあってもよいではないか。どちらが先だったかなどと気にするのは、目が覚めてからすることである。

 夢には一般に継続の要求がなく、なおかつその要求を妨害する眠気が不快感をもたらすのだから、夢では一般に不快な眠気を感じることはないということになる。この点を踏まえるならば、夢の生活は眠気を感じていないのではなく、不快な眠気を感じていないという表現が正確であるということになる。

 しかし夢を見ているとき、あの心地よい眠気を伴う仕方で夢を体験しているのだろうか。場合によってはそのようなこともあるが、基本的には、夢を見ている場合に心地よい眠気さえも感じていないように思われる。というより、明晰夢に気が付くときのきっかけとして、夢を見つつ眠気を感じとる場合が多い気がする。そのような観点で、通常夢を見ている時に眠気は感じていない。あるいは、心地よい眠気というのも、多少なりとも脈絡の要求を感じているから生じるのかもしれない。

 以上の理屈で言えば、例外である眠い夢やそれに伴う苦痛とは、本来文脈が要求されない夢においてなお、脈絡を見出そうとする場合に生じるのではないか。睡魔との闘いは脈絡との闘いである。脈絡を放り出したいのに放り出せないときに不快な眠気を感じ、脈絡を無視する準備ができたときにそれが心地よい眠気になり、そして脈絡に拘ることを止め統一的な現実世界の構成を放棄したとき、眠気はなくなる。もう寝よう。


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執筆者:S.T.

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