医学と哲学のあいだ[その1]——イングリッシュマン・イン・ニューヨーク

<共同体の存続と空間的・時間的隔たり>

 『日本沈没』(小松左京, 1973)で問われたのは「日本の土地を失い世界各地に散らばった時にはたして日本は存続しうるのか」という問いだろう。たしかに土地や建物はただのハードで、ソフトである文化は至る所で継承されていくと考えることもできる。しかし、実際に人々が集まって暮らし、文化を共有し、歴史を育み、言葉を紡ぐ場がなければ、言語さえもいずれは廃れていってしまうのではないだろうか。人と人との間に人間関係として受け継がれていくものがなければ、その共同体、その国を生かし続けることは難しい。ディアスポラ[1]ディアスポラとは民族離散を意味し、主にパレスチナ以外の土地への移住を余儀なくされたユダヤ人やそのコミュニティを指す。後の再集結が実現したのはユダヤ教の独自性と強靭さに由来する例外だったのではないだろうか。

 他方で、ある土地に何世代にも渡って住み続け、同じ言語を話し続けているからと言って、必ずしも文化の共有がなされているわけではない。祖母の若い頃の話を聞くと、着物の洗い張りや手間をかけたお盆の食事の用意など、私たちの世代との文化的・精神的隔たりは大きい。

<移住と転向 自分という他者への寛容>

 ある学問分野に10年没頭した後に別の分野に転向するのは、故郷から見知らぬ土地に移住するようなものだ。言語も文化も異なり、移住直後にはカルチャーショックが襲ってくる。アイデンティティの危機による葛藤や困惑。世界は、他者は、そして新たな自分はいつも想像を超えてやって来る。しかしその場所で生活し続け、周りの人たちと打ち解けるにつれ、おもむろにその土地の言語や文化に馴染み、状況を受け入れ始める。以前の自分には想像を超えた次元だった他なるものが自分を構成する日常になる。やがて消えてしまうだろう微かな違和感だけが両者の差異を指し示す道標となる。違和感を感じているうちはまだ大丈夫だが、人間の順応性は恐ろしく、昔の自分が現在の自分にとって完全な他者になる速度は想像以上に速い。そのまま自然に任せていれば、そうした自分が以前居たことを忘れ、そのうち忘れたことさえ忘れるのだろう。それも悪くない。が、その前に一度故郷に帰って友人たちと会話し、逆カルチャーショックを受け、他者となりつつある昔の自分を思い出すこともできる。そうして自らの内の他性を絶やさないようにして同一化、恒常性に抗い、自らを広く保つのもいい。共同体ならぬ「共異体」を自らの内に持つのだ。

<哲学から医学へ>

 私は哲学から医学へ渡った身であり異国へ移住したようなもので、数年間の異文化交流を経てまさにこうした問いに直面している。哲学の共同体を離れてなお、人は哲学することができるのだろうか。そもそも私はちゃんと哲学できていたのだろうか。哲学の場はどこにでも生じさせうるのだろうか。医学は哲学を、哲学は医学を必要としてはいないのか。私はどこから来てどこへ向かうのか。

<2つの分野の融合>

 2つの分野の現実と可能性が衝突して生じるのは革命だろうか、あるいは歓待だろうか。元々それぞれにおいて「なぜⅠにおいて現状はAでありBという可能性が現実化しなかったのか」、「なぜⅡにおいて現状はCでありDという可能性が現実化しなかったのか」という問いが生じており、道の方向性が拓かれていた。そしてもしⅠにおいてAやBしか可能性が見えておらず行き詰まっていたとしたら、Ⅱと出会うことでCやDという別の可能性が見えてくることもある。大雑把だが、学際の意義の一つはこうした点にあるのだろう。

<「と」のあり方を探る冒険の旅の開始① 医学の窮迫>

 では、医学「と」哲学、その「と」のあり方を探る冒険の旅を始めよう。医学と哲学の間にはどのような関係がありうるだろうか。

 医学は、医療の実践、人命救助という目的に基づいた要請が強く、人間が少しでも長く健やかに生きられるために、身体や精神の生物学的な構造を追求する。そして実際に治癒することができる薬や術式であれば、機序の詳細は多少不明でも採用されることもある。そうした必ずしも科学的とは言えない、結果オーライの側面もあることが医学の面白さの一つであり、それだけ切迫した現実の要請に沿ったあり方をしていると言える。医療では基本的に人間一般を統計的に捉え、平均=正常と破格=異常を分け、病を治療していく。長い間人命救助、生きること=善という前提のもと、とにかく助ける、治療することを最優先にしてきたが、かなり前から生命の有無より生命の質(QOL)が重要であることや治療の過剰が叫ばれて久しく、治療・延命拒否、緩和医療など、医療のニーズは複雑化している。

 古くは生命を扱うこと自体がそもそも人間の領域ではなく、そのため倫理学の対象となりえなかった。その後もとにかく人間に可能な限り命を助けることのみ考える限り、倫理的な問題はそこまで大きくはなかった。しかし命を助けることだけではなく、患者本人の意思による治療拒否を受け入れることなどさえも医療の一部に入り、事情は込み入ってきた。しかもそうした判断は患者本人と家族と現場の医師に丸投げされている。また医療技術の進歩により臓器移植や人工授精といった別の問題も出てきている。

 そして医学、医療をいくら学んでも、自分や親しい人の病や死にどう向き合うべきかについての答えは見当たらない。医師が、患者本人が、家族が、そのつど自分たちで決めていかなければならないが、その拠り所は医学、医療の中には見つけにくい。そこに医師の、患者の、家族の、つまりは私たちの窮迫がある。こうした対応は患者本人の個人的経験に基づいてなされてもよいが、程度の差はあれ、やはり複数人の対話において結論を出さねばならないのだとしたら、少なくとも倫理的な議論、あわよくば死や自己や生きること自体の構造についての自らの持論について言語化、共有、修正できた方が自由で円滑な議論に繋がるのであり、そこに哲学の介入する余地がある。

<「と」のあり方を探る冒険の旅の開始② 哲学の窮迫>

 では哲学の現状はと言えば、どうも二極化しているようだ。一方では学問的な文献研究が細分化を極めて難解化しており、他方では社会の要請に応え、すぐに使える分かりやすい「哲学」が求められている。しかし、これらは果たして哲学なのだろうか。未曾有の哲学ブームの今、哲学カフェや哲学研究の細分化、哲学の応用の要請、経営哲学や人生哲学などの哲学という言葉の乱用などを含めて、改めて「哲学するとは何か」について考える必要が出てきている[2]ところで「哲学するとは何か」は出発点の問いでしかない。「哲学すること」は、オールドスクール的にあるものの本質を問うことにより開始され、思索/試作によりその問いの射程と深さを限りなく広げていき、それに一定の答えを出すことによって一応の完結を見る。しかし、それは常に誰かが乗り越えることを歓待するような完結であり、暫定的であることが完結の条件である。問いの絶えざる更新、答える試み、批判による交流が「哲学すること」だというのが私の今の仮の答えである。。机上の空論に止まるのでも安易に応用するのでもない、哲学を生かす道を模索しなければならないのではないか。

 たしかにハイデガーはその時代の窮迫に依拠して問いを立てよと言う。しかしその窮迫は、上記の社会の要請の過剰から逆向きに生じる人間の底からの声ならぬ訴えであり、むしろ社会からの表向きの要請を覆すような別の響きであろう。それを聞き取るには、いかなる現実的な要請からも距離を取り、人間というものを根本的に見つめ直す必要がある。そうした点で、逆説的ではあるが、哲学は人間の現状、社会状況から生じる微かな別の響きを聞く耳を持たなければならない。そして現状から響く深い叫びの一つが医療から生じているように思う。そのため医学が哲学を必要とするだけではなく、医学の人間観、臨床の知は、哲学が「哲学すること」であるために必要となるのではないだろうか。

<人間における普遍的営みとしての医療>

 人間というものは絶えず作り替えられ変化している。それでもなお誕生と死に根本的に規定され、共同体を作り、自己と向き合い、他者と繋がり、言語を使い、考え、食べ、眠り、学び、仕事をするといった営みは古代から現代にいたるまでの人間に共通する。そうした人間の営みの中に、自らや他者の生命を守ること、死をできる限り先延ばしにし健康に生きること、ひいては病を治すことが含まれており、医学や医療はそうした意味で人間というものに抜き差しならない仕方で関わっている。医学、医療では人間を現実的かつ総合的に見ることが求められ、また人間の誕生と死、病気、老いといった人間の限界に関わるために人間全体の見通しは得やすい。そうして得られた人間観は臨床の知に他ならず、現代の哲学に欠如しているが必要であるような知のあり方ではないだろうか。つまり哲学自体の窮迫を救う1つの方途も、こうした医療からの要請に応えつつ、医療の実存的人間観を共有して共に吟味することにあるのではないだろうか。

<医学と哲学は互いを必要としている>

 すなわち、医学の哲学[3]反対に、哲学の医学もありうる。それは私見では精神病理学や病跡学の仕事かと思うが、この文脈で重要なのは医学の哲学であるため割愛する。は医学と哲学双方にとって必要であるというのが私の仮説であり、双方向的な学際は医学と哲学が人間的な営みとして再構築されるための基盤になるのではないかと考える。言い換えれば、「哲学するとは何か」への答えは他者=他学問との遭遇により新たに生み出されるのではないだろうか。医学の窮迫に基づき、個としての人間全体を扱う全体知の分野へと哲学を蘇生すること、また哲学により医学を、個人の病と死に向き合う人間対人間の真摯な関わりとしての医療へ誘うこと、こうした双方向的アプローチにより学問自体の可能性をも拡げることができるのではないだろうか。故郷を離れ、旅に出てしばらく放浪し、帰郷することが生きるために必要であるように、時には一つの分野から離れて別の分野を旅して、両分野を付き合わせてみることが重要なのではないか。

<今後の展望>

 もしそうであるならば、具体的にはどのようにすればよいのだろう。既にかなり試みられている、医療の現場における倫理的判断を支えるような医療倫理的なアプローチ、そしてまだあまりなされていないが必要であろう、健康や病、死の定義から見直すような医学哲学的アプローチのマッピングについて、次回書きたいと思う。


※本稿のタイトルは、Sting “Englishman in New York”(1988)へのオマージュで、ここではPhilosopher in Medicineという意味も含んでいます。


関連書籍

小松左京[著]、KADOKAWA、2020年(1973年)
小松左京[著]、文藝春秋、2017年(1973年)
マルティン・ハイデガー[著]、原佑/渡辺二郎[訳]、中央公論新社、2003年

1ディアスポラとは民族離散を意味し、主にパレスチナ以外の土地への移住を余儀なくされたユダヤ人やそのコミュニティを指す。
2ところで「哲学するとは何か」は出発点の問いでしかない。「哲学すること」は、オールドスクール的にあるものの本質を問うことにより開始され、思索/試作によりその問いの射程と深さを限りなく広げていき、それに一定の答えを出すことによって一応の完結を見る。しかし、それは常に誰かが乗り越えることを歓待するような完結であり、暫定的であることが完結の条件である。問いの絶えざる更新、答える試み、批判による交流が「哲学すること」だというのが私の今の仮の答えである。
3反対に、哲学の医学もありうる。それは私見では精神病理学や病跡学の仕事かと思うが、この文脈で重要なのは医学の哲学であるため割愛する。


執筆者:旅するヒポクラテス
2017年に哲学で博士号を取得後、2年ほど大学で非常勤講師として哲学、倫理学、ドイツ語を教えていました。教える中で哲学を実践に生かすことに強い関心を持ち、とある医学部に学士編入しました。現在は医学部4年生で、医学「と」哲学、その「と」の可能性を探究しています。

アイキャッチ画像:《ガレノスとヒポクラテスが描かれた壁画》12世紀、アナーニ(イタリア)photo by Nina Aldin Thune(CC BY-SA 2.5)